豊橋 (水雷母艦) 就役1888~1914日本海軍初の水雷母艦。日清戦争時は輸送船【豊橋丸】として購入され活躍していたが終戦後は水雷母艦が切望されたために本艦が水雷母艦として換装工事を受け改めて【豊橋】として軍艦籍に編入された。水雷母艦として換装工事がなされていたが輸送船としての能力が失われたわけではなかったために豊橋として何度か輸送任務をこなしていた。何度も修理や改造を施されながら輸送任務や、救出任務のため出航し各地で活躍する。日露戦争時も同様に、水雷母艦として、輸送や警備を行った。その後も水雷母艦として多くの活躍をし、1914年除籍となった。除籍となってからは練習艦【豊橋丸】として日本各地を回り、さらには陸軍の輸送船としても活躍した。老齢のため民間に引き取られると、蟹工船として使用されるものの、暴風雨により、日本海で行方不明となり1938年に船籍が抹消された。長い期間、戦争に必要な物資を危険な戦場で輸送し続け、この時代の戦力維持に大きく貢献した彼女は当時の日本においてなくてはならない一隻だっただろう。